「鈴木さんがやってくる」IIJ×女子高生 期待と緊張の50日
インターネットイニシアティブ(IIJ)と日本経済新聞社は2025年5月14日、帝塚山高等学校(奈良市)の生徒を対象にした共同授業を実施しました。IIJの鈴木幸一会長が自ら同校に出向き、170名の生徒と向き合いました。その様子を密着ルポ形式で3回連載します(文中敬称略)。
日経からの一本の電話
2025年3月26日のことだった。奈良県奈良市の進学校として知られる帝塚山高校に一本の電話が入った。日本経済新聞社からの電話だった。
「本当ですか? あのIIJ(インターネットイニシアティブ)の鈴木幸一会長に来ていただけるのですね」
電話を受けた理科教諭の八尋博士の胸は高鳴った。

教師として23年目を迎えた八尋。日頃から、生徒の心に響くイベントができないかを考えていた。進路や生き方に悩む生徒たちに企業家のリアルな声を伝えたい。それも、単なる成功談ではなく、その裏にある葛藤や失敗、そしてそれをどう切り開いたのかを語ってくれる経営者はいないだろうか。学校では2024年から「日経電子版 for Education」を導入しており、日経の担当者に常々相談をしていた。

インターネットの先駆者
「鈴木さんと高校生、面白い授業になりますよ。私たちも駆けつけますので、いいものを創りましょう」。担当者からの朗報は八尋にとって願ってもいないチャンスだった。きっと面白い化学反応が起こる、理科の教師的な妄想が広がった。

IIJの鈴木幸一といえば、1993年に日本で初めて商用インターネットサービスを始めたネット界の重鎮である。
まだ日本にネットの「ネ」の字もなかった当時、米国の軍事技術として研究が始まったインターネットに着目。国内での普及に尽力した。まだ通信といえば電話が主体だった創業当時の苦労話や、許認可権を握る郵政省(当時)との闘いは語り草だ。
八尋はすぐさま同僚の国語教師、小濱舞にこのニュースを伝えに走った。
「すごいですね。日経の『私の履歴書』でも取り上げられた方ですね」。小濱の顔もパッと明るくなった。
人生を変えるような一言
私立の中高一貫校である帝塚山高校には大きく分けて3つのコースがある。女子特進コース、女子英数コース、男子英数コース。今回は国公立難関大学や医学部系などを目指す「女子英数コース」の2年生およそ170人を対象に講義をしてもらうことにした。インターネット創世記の立役者の声はきっと彼女たちに響くと八尋は確信していた。

八尋には忘れ難い思い出がある。それは高校生の時に受けた特別講義だ。講師は医師の中村哲。医師でありながらアフガニスタンの農業や治水工事で精力的に活動し、2019年に現地で襲撃を受け亡くなった。中村の講義は今思い返しても強烈だった。信念を持って活動することの大切さをこの人物から直接聞けたことが、八尋の人生において大きな宝となっている。
ちょっとした話が生徒たちの何かに火をつけ、人生を変えるきっかけになるかもしれない。そんな体験をさせたい。自分を変えてくれた中村と、IIJの鈴木の姿が重なった。
成功より大事なこと
国語教師の小濱は、まず日経新聞の「私の履歴書」を生徒に熟読させることから始めた。「私の履歴書」は1956年から続く日経の名物コラム。国内外のトップランナーが自らの半生を語る。鈴木は2019年10月、1ヶ月かけて計30回の連載を綴っている。生徒たちは鈴木の波乱万丈な人生を読み解いていった。

記事には高校生には少し難しい表現や消化しづらい内容もあったが、小濱は可能な限りサポートした。授業が進むにつれ、生徒たちにはちょっとした変化が生まれたという。名経営者でも、様々な失敗を経験していることを知り、その挫折からどう立ち直ったのか、どう克服できたのかという探究心が湧いてきたのだ。はみ出すことを知らない生徒にとって、成功談より失敗談の方が心に響く、八尋も小濱も実感していた。
鈴木の連載では自分が「落ちこぼれだった」という記述が何度か出てくる。子会社を倒産させた経験も語られている。「Stay foolish(愚かであれ)」と説いた米アップルのスティーブ・ジョブズと親交があったことも生徒たちの興味を引いた。

直接質問、必死の事前準備
「鈴木会長に直接質問したい人は申し出てください」
小濱の問いかけに、11名が名乗りをあげた。2年生の唐澤佑実はそのうちの一人。「せっかく貴重な時間を割いてもらえるのなら、核心に迫る話を聞きたい」。会社創立までの苦労、特に資金集めは大変だったと記事にあるが、それをどう乗り越えたのだろうか。「私の履歴書」だけでなく、日経電子版で可能な限りIIJや鈴木に関する記事を検索して、様々な角度からリサーチをした。
唐澤のクラスでは日頃から担任教師が生徒向けのクラウドシステムで、日経電子版などから注目記事をピックアップしてくれる。先生が選んでくれることで、ニュースがどれも身近で興味深く感じられ、読んでいて楽しい。そうして新聞記事にも自然と馴染んでいったという。
唐澤をはじめ、当日質問をするメンバーとのすり合わせは3回ほど行われた。多忙な中、わざわざ東京から奈良まで講義に来てくれる鈴木の時間を無駄にしてはいけない。間違った質問や失礼な質問をしてはいけない。皆が必死だった。

現役女性記者がサポート
講義が1週間後に迫った5月8日、生徒たちの事前打ち合わせに登場したのは、当日モデレーターとして参加する日経記者の大西綾。大西綾は日経で通信やインターネット業界を担当してきた一線の記者だ。とはいえ、生徒たちも女性記者ということからか、親しみやすさを感じていた。
「質問に答えてもらっても、納得がいかなければさらに質問を続けて」「逆質問をしてくることもあるから注意して」--。現役記者の「鈴木会長攻略法」に真剣に聞き入る生徒たち。全体の流れ、時間配分はどうしたらベストか、質問は立って前に出た方が良いのかなど細かい点も詰めた。その結果、なんと鈴木会長の紹介は冒頭の5分で済ませ、生徒の質問をできるだけ多くぶつける「質問バトル授業」の骨格が固まった。

ポスターに「伝説」のやりとり
講義を校内に告知するポスターも制作した。会社設立のために銀行を回った時の鈴木会長の印象的な言葉を盛り込んだものだ。鈴木流の大胆な売り込みで人々を惹きつけていくこんなやり取りが再現されている。
銀行幹部 「そのインターネットとやらはどれくらいの人が使っているのかね?」
鈴木 「日本では1000人ほどですが、10年後には3000万人は使うようになる」
銀行幹部 「そんな大風呂敷は聞いたことがないね…」

これは決してハッタリではなかった。実際、10年後の2003年には日本のネット人口は7700万人になったのだ。IIJ社内でこのやりとりは伝説のように語られる。
さあ、準備は整った。鈴木会長との直接勝負。できるだけ長いラリーを続けて、どこまでホンネを引き出せるか。何度もシミュレーションをした。しかし果たしてそれがうまく噛み合うか。ドキドキしながら講義当日、5月14日を迎えた。
(続く)
インターネットイニシアティブ(IIJ)
授業者:インターネットイニシアティブ代表取締役 会長執行役員 鈴木幸一氏








